きみはだれかのどうでもいい人
著者
伊藤朱里
出版
小学館文庫
概要
人とわかりあうことは、こんなにも難しい。
税金を滞納する「お客様」に支払いを促すことぉ仕事とする県税事務所の納税担当に、
同期が休職したことで急遽異動させられてきた若手職員の中沢環。
彼女は空気の読めないアルバイト須藤深雪を始めとする周囲の人間関係に気を遣いながら、
かつての出世コースに戻るべく細心の注意を払って働いている―――(第1章「キキララは二十歳まで」)
週に一度の娘との電話を心の支えに、毎日の業務や人間関係を適当に乗り切るベテランパートの田邉陽子。
要領の悪い新米アルバイトや娘と同世代の若い席職員たちのことも、一歩引いて冷めた目で見ていたはずだったが―――(第3章「きみはだれかのどうでもいい人」)
同じ職場で働く、年齢も立場も異なる女性たちの目に映える景色を、4人の視点で描く。
職場で傷ついたことのある人、人を傷つけてしまったことのある人、節操のない社会で働くすべての人へ、迫真の新感覚同僚小説!
抜粋
『高校生と中学生の娘がいる、二児の母です。……がむしゃらに結果を出すことに執心する長女を思うと、生きる上でなにか大事なことを取りこぼしたまま、大人になってしまうのではないかと不安なのです。まだ若いうちに、小さな挫折を期待する私はおかしのでしょうか。』
小銭を出して六十円を入れ、ミルクココアを押そうとした指を、止める。
須藤さんがいつも飲んでいた、三つ。そのボタンを、あたしは虚空でなぞった。
一番上の列、右端にイチゴオーレ。バナナココアは真ん中。その左にクリームラムネ。
右からイチゴ、バナナ、ラムネ。赤、黄色、青。 ―――信号みたいなものを発したほうが、かえって迷惑にならないって。
刺激の強いガムを噛んだときみたいに、急に鼻の奥から涙が突き上げてきた。
そんなことで、こんなことで、気がつくわけないじゃないですか。「あんた、ずっとお母さんを試してたの?」
感想
とにかく生きづらさを感じた。
一生懸命頑張る長女も、器用じゃなくても好きなことを頑張る次女も、不安に思うお母さんも、誰も悪くない。
悪くないのに、誰かを傷つけたり、批判されたり。
とにかく生きづらい。自分が辛くても、周りにはもっと辛い人がいる。
そんなことで、助けを呼ぶ声を上げられない。
その代わりに信号で表していた。
自分が辛いときに、誰かの辛さまで考えなくてもいいのかもしれない。
それでも考えてしまう。生きづらいなあ。怖かった。
職場で辛い目にあっていることを言えなかったのか、気づいてほしかったのか。
母が娘のことを考えているのか、自分のことを考えているのか。
きっと誰でも試すことも、試されることも、気づかないこともあると思う。すべてを通じて、ストレートに伝えられない人間関係の煩わしさや生きづらさが見えた気がする。
自分の今までの視点だけでは発想が出てこない話がたくさんあった。
新しい視点を手にできるいい内容だった。